3月11日に発生した東日本大震災から、半年が過ぎた。被災地からの報道を見ていると、復旧・復興に向けた動きが多く紹介されている。その反面、瓦礫の撤去もままならない状況もある。そのような「差」は、あちこちで生じているのではないか、と感じる。仮設住宅への入居がはじまり、「仮」とはいえ年単位の生活が始まる中で、今後も様々な課題が出てくるであろうと考えている。
一人の社会福祉士として、少しだけでも長期的に被災地と関わっていくことができないか、と考え、まずは現地をこの目で見ておこうと、9月18日(日)と19日(月)宮城県を訪問した。
宮城県には、大学院時代の仲間がおり、震災以降被災地を飛び回っているらしいという話は聞いていた。
そんな仲間へのねぎらいもできれば、という思いもあった。
彼は、成年後見人の仕事の途中で立ち寄った、ショッピングセンターで地震に遭った。「男の人はいないか!」という声を聞き、声のする方に行くと、崩れた壁の下敷きになった母子がいたそうだ。数人でコンクリート片を懸命に取り除き、お母さんは救出できたが、お子さん(5~6才くらい)は残念ながら息を引き取ったそうだ。「辛い経験だったね」と声をかけると、「そうだね」と、いつもは笑顔の彼がちょっと目を伏せた。
その後、彼は宮城県社会福祉士会の要請で、石巻市の雄勝地区(旧雄勝町)の地域包括支援センターの応援に入った、避難所や仮設住宅をまわる等、支援を必要とする高齢者を中心にニーズの把握や相談に対応してきた。
震災翌日からは、本業(デイサービス)の事業所で石油のボイラーを利用してお風呂を沸かし、避難所にいる高齢者の方を中心に使っていただく等といった社会貢献も行ってきた。
震災以降ずっと休む事なく動いてきた様子だったので、「体だけは気をつけて」と声をかけると「いやぁ、疲れているのかどうかもわからない状態だったんだよ」と返事をした。
恐らく被災地の対人援助職の多くの方が、同じような状態だろうと想像した。
また前述のような、悲惨な場面を見ている対人援助職の方も多数いる事が予想されることから、「対人援助職支援」も必要なのだろう、と感じた。
独立型社会福祉士(スクールソーシャルワーカー 他)
社会福祉士 芦田 正博
社会福祉士 芦田 正博


