特集

特別企画 「震災と社会福祉士」
東日本大震災において、社会福祉士が手がけたことなどについて随時リポートしていきます。

第3回 重症心身障がいの息子を抱える「母」の奮闘(後編)

2011年6月1日
 被災地の皆さんとは比べものになりませんが、横浜在住の社会福祉士で、いわゆる重症心身障がいの息子を抱える母親が体験したことを、前回から引き続きお伝えします。

(前編はこちらよりご覧ください)

 10km以上自転車をこぎ続け、足がパンパンになって上り坂での立ちこぎもできなくなったあたりで、なんとか息子の待つデイサービスに辿り着きました。停電で真っ暗だったので、活動ホームの職員さんにも泣き顔を見られずに助かりました。

 長男は懐中電灯の明かりのなかで付き添い続けてくださった看護師さんと一緒に過ごしていました。不順な天候の為か、それとも地震を察知してなのか、身体をこわばらせて痙攣発作の多い長男に声を掛け、帰宅の支度を始めました。
 自転車はデイサービスに預け、近所のコインパーキングに停めていた車に息子を乗せようとした頃、あたりの電気が復旧したようで明かりが点き始めました。

 職員さんたちに見送られて出発したものの、いつもの帰路である国道をなかなか進むことができません。ガソリンの残量が心配で車のヒーターをつけたり消したりしながら徐行しているうちに、なんとかいつものガソリンスタンドが見えて来ました。そのあたりの地域はまだ停電していたのでお店は真っ暗でしたが、急にあたりが明るくなり始めて電気が復旧したようでした。そこで、給油をし、トイレを借りました。3時過ぎに研修会会場を出て以来トイレにも行っていなかったのです。

 ガソリンの心配がなくなると気持ちが落ち着いてきました。息子は、背もたれを倒して平らにした助手席に、顔を運転席側に向けて寝ています。車の渋滞はむしろちょうどよく、必要に応じて運転席から吸引できます。口から物を食べられない息子は、栄養剤の注入ができず空腹のままでしたが、夕食後の薬はデイサービスで服用させてくれていたので助かりました。車中でも何度も痙攣発作を起こしましたが、顔色を確認したり肩をなでたりしながら、普段ならば20分かからないところを1時間半ほどかけて帰宅することができました。

 日頃から災害時の備えはしていたつもりでしたが、それは長男に必要な物品を家に用意しておくことが主でした。ライフラインが止まった時のために、水や食料、カイロや急冷剤の他、入手が難しい息子の必需品を1週間分備えてあったのです。オムツやおしり拭きの類、栄養剤を注入するための器具・道具の予備、常備薬、吸引器2台とフル充電のバッテリーを全部で6個。その他にも消毒用アルコールやアルコール綿、具合が悪くなった時に使う座薬や頓用薬、吸引や注入用以外にも臨時で導尿する時に使うカテーテル類、そして念には念を入れて手動の吸引器も……。でも、これらは、私と長男が家にいる想定でしか使用できなかったのです。

 障害がなくても災害時は大変でしょうが、改めて、いざという時にどうしたらよいか、家庭内だけでなく、利用している福祉サービスの関係機関やサービス事業所の方々と一緒に検討しておかなくては、と考えさせられました。

(一般社団法人成年後見事務所アンカー 斎藤聡子)

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