特集

インタビュー 「ケアの現場から」
ソーシャルケア研究所・本間清文さんの監修で、ケアの現場のさまざまな職種の声を届けていきます。

第8回 「親父の最後の女が来たよ」

齋藤明美さん(自費ヘルパー・訪問介護) 後編
2011年12月12日
前回から引き続き、NPOグレースケアにて勤務されている齋藤明美さんのインタビューをお届けします。聞き手は、この連載で監修者としてご協力いただく、ソーシャルケア研究所の本間清文さんです。
※個人情報保護のため、一部、フィクションを加えています


「齋藤さん良かった、大変なんだよ!」

齋藤明美さん
齋藤:その後、私はその職場を辞め、しばらく経ちました。すると、ある日、息子さんから電話がかかってきたんです。「齋藤さん、悪いんだけど、ちょっと話があるんだけど会えないか? 実を言うと、親父がガンで…あと3ヶ月なんだ。」って。

 その息子さんが言うには、「オヤジも90才を過ぎたので、自分達家族としては、家で見守って、入院はさせたくないし、本人には言わないつもりなんだ。今、住み込みのお手伝いさんも雇ってるけど、お手伝いさんにも休みをあげなきゃいけないから、日曜日に齋藤さんが来てもらって話し相手になってもらえないか。」
「私の報酬は高いですよ(笑)」と言ったら、
「しょうがないよ。」って。それから毎週日曜日、長時間ご主人のケアに入るようになりました。

 そんな、ある日、訪問したら「齋藤さん良かった、大変なんだよ!」って息子さんが混乱状態。入ってみたら、便臭がするんですよ。どうも下痢をしてしまったようで。さらに、それを自分で始末しようとして、かえってあちこちを便で汚してしまって、もうそこら辺が便だらけ。

 それに対して息子さんは、男性だから細かいことを考えにくいのか、ご主人は服を脱いで裸になった状態でベッドの上で布団を被せているだけでした。ご主人はガンで食事もなかなか取れなかったのでしょう、非常に痩せておられました。

 季節は春先のまだ寒い時期でした。大柄な男性でしたが、そのご主人が便を漏らして、布団にくるまり、おびえた表情でガタガタ震え、顔を隠すように萎縮されてた様子は見ていられないほど気の毒でした。

 今まで奥さんの面倒をみる立場だったけど、今は御自分がみられる立場になり、その現実を受け入れなければならない。その事実は相当、辛かったと思います。奥様の世話をされていた頃の風格は完全に消えてしまっており、私も辛かったです。

本間清文さん
本間:認めたくないですよね。自分がそういう風に便も垂れ流して、おしっこを他人にとってもらわなきゃいけないっていうのは。

齋藤:私は驚いてしまって「息子さん、とにかくお風呂、沸かして!」って頼んで、ご主人にはお風呂に入って温まってもらいました。

 一方、便失禁をして部屋中を汚してしまったことに対するご主人のショックは相当、大きかったようで「齋藤さん、僕はもうおしまいだ…こんな事になるならもう死んだほうがマシだ…」って声が消え入りそう。「何、言ってんのよ、私のために生きてよ。そうでないと、私、お金がもらえなくなるでしょ(笑)」となんとか冗談で切り返しました。でも、ほんと、そのご主人の落胆ぶりは見ていられなかった。

 そして、お風呂で温まってもらってる間に部屋の汚れもキレイにして、その日は終わったんですけど、その日からご主人は飲み食いを拒否されるようになりました。

本間:拒否されたのは、食欲がなくて?

齋藤:いや、「もう死ぬ。」って…。それから、ガンのせいもあるのかもしれませんが、意識的に飲食の量を減らしたのかもしれません。本当に食事量が減り、どんどん痩せてきました。そうこうするうちに、少しずつ健康状態も悪下していきました。

最後の女

齋藤:ある時、ご主人が私に「尿瓶(しびん)ください、おしっこ。」って手招きしました。尿瓶を渡すと他のご家族がみんなスーッと部屋から出ていくんです。

 それまで私がご主人の下の世話に関わったのは、あの便失禁をされた時だけでした。それ以後は泊まりこみのお手伝いさんも娘さんもいらしたので私はでしゃばらないでおこうと控えていたんです。

 でも、その時は違ったんです。尿瓶で用を足そうとするご主人を見ていると痩せこけて寝たきりのため体力もないので、「私が(採尿の手伝いを)しましょうか。」って言って、普通に手伝ったのです。そして、その尿瓶をもって隣室にいるご家族の元へ「これくらい、おしっこの量は出ました。」と見せにいきました。すると、娘さん達ご家族がみなさん泣いているんです。

 最初、その涙の意味が分からなかった。聞けば、ご主人はそれまで誰にも尿瓶の手伝いをさせなかったそうなんです。闘病で身体的に辛いから他の家族が尿瓶を手伝うことを言っても頑なに拒否していたそうなんです。家族も、お手伝いさんの世話も全部拒否して、自分でなんとか、その尿瓶で取ってたらしいのです。

 「齋藤さんにだけはやっぱり気を許して、(尿瓶の介助を)させたんだね」ってご家族から言われました。

本間:ご主人自身が、自分の衰えを受け入れられなくって、最後は、やっぱり受け入れざるを得ない状況になった。でも、その時、家族からの介助はどうしても受け入れられず齋藤さんの介助が必要だったということですね。

 排尿の介助に慣れてしまっていると、ケアする側としてはなんともないような事に見えますけど、その一点に、おじいさんの尊厳全部が繋がってるんですね。

齋藤:その翌朝、息子さんから電話が掛かってきて「昨晩の1時に、親父、亡くなりました。」って。信じられなくって、慌てて駆けつけると、息子さんが「親父の最後の女が来たよ。」って言ってくださいました。

本間:「最後の女」?

齋藤:誰にもさせなかった最初で最後の尿瓶の手伝いを私がさせてもらった。それで「最後の女」。それはもう介護冥利につきるというか、耳から今も離れない言葉になってます。

心掛けていること。素でいくこと。

本間:お年寄りを相手に、関係性を作るのが非常にお上手に感じますが、心がけているらっしゃることはありますか?

齋藤:認知症の方なんかは、特に情緒的に繊細な部分があってピリピリしてると思うんですよね。精神疾患の人もそうだと思うし。ですから、そういった方々は、私たち支援者の状態を、結構、鋭く感じ取っているというか、気を抜けないなっていう感覚があります。隠せないなって。だったら、私もそういった方々には素で行くしかないな、って開き直っているところはありますね。

本間:なるほど。案外、そこで素になれない人がつまずいちゃうのかもしれないですね、この仕事って。

齋藤:なんていうのかな、かつて特殊支援学級で子供たちが障害の分け隔てなく触れ合っていたように、そういうお年寄りも愛おしく思えてきちゃうんですよね。

本間:そこに毒蝮三太夫さんみたいな照れ隠しの毒舌を少し入れる(笑)。普通の接客サービス業とは違いますものね。

齋藤:中には、夫婦仲が悪くて、僕は介護はできないからね!ってキツく言い放つ介護者家族の方もいらっしゃるけど、そんな方には「そんなに目をトンガラせちゃダメ~。」って突っ込む。すると、ニヤッと笑顔が返って来て少しだけ距離感が縮まる。「あんたも上手ね~。」って奥さんに言われながら(笑)

本間:そういうのは、なかなか若い人にはできない技術ですね。

齋藤:スレてるって言われますね(笑)。男性への外出介助でも、「(歩行が不安定で転びそうだから)手を握っていいか。」と言うので、それはいいのですけど、その握った手がだんだん上にくる方がいるんですね(笑)。「それ以上はダメ~! そこはウチの旦那さんのモノ!」「じゃあ、もういいよ。」って。

制度に対しておもうこと

本間:今、訪問介護は非常に制度の縛りが厳しくてケアがやりづらいとお感じのことも多いと思いますがいかがですか?

齋藤:先日、ある方の通院介助の仕事で自分の自動車で利用者の自宅前まで訪問しました。通院もそんなに時間は掛からないだろうとご本人の家の近所に車を止めさせてもらって、そのまま病院まで付き添いました。すると、通った病院内で思った以上に時間が掛かってしまい2時間近くかかったんです。

 でも、介護保険制度って、基本的に病院内は介護保険でヘルパー費用を算定してはいけないことになっているから、その時は無償ボランティアとして2時間、その利用者に付き添ったんですね。で、どうにか通院介助を終えて、ご本人を自宅に連れて帰り、さて、自分の自動車で帰ろうとかと思うと車がレッカー移動されていました…。延々、時間を費やしてその日の仕事はマイナスです。なんだか馬鹿らしく思いましたね。そんなことが介護保険には一杯あるのでホントは、私は、介護保険でのサービス提供はやりたくないんです。

本間:現場はそんな事、考えてたら回りませんもんね。

齋藤:そうなんですよ。そんなヘルパーさんにとって働きづらい制度をなんとかしないとますます、ヘルパーのなり手っていなくなると思っています。


<インタビュー後記>
 本インタビューではご主人が最後の最後まで尿瓶の介助を拒否した所に人の深い尊厳を感じることができた。ご主人はお手伝いさんを雇う程、経済的に余裕がある方で、相対的にみれば少数派であり、もっと低い生活水準でサービスも十分に利用できないお年寄りは沢山いる。

 一方、介護の現場は常に人材不足であることが多い。その忙しさから、介護もやっつけ仕事になることがある。特に介護施設などでは職員一人が病欠だと普段の倍以上の忙しさになる。老人一人ひとりにゆったり関わることができれば理想的だが、そんな余裕などないことの方が多い。その結果、老人の顔色を見ることもなく「ごめんなさいねー。」と形式的な声掛けだけを行なって、半ば強制的にお年寄りのパンツをずらし排泄ケアをすることもある。どんなにそのケアが良くないと言われようが、人材不足という物理的な理由から余裕を持ったケアが行えない時がある。

 その窮状を時に現場従事者が訴えもするが、残念なことに根本的な打開策をこの社会は未だ見いだせていない。もちろん、そのような余裕のないケアをケアワーカーとてやりたいと思っているはずがない。にも関わらず労働環境がそういったケアをケアワーカーに押し付けている現状がある。安い賃金の上に仕事上のやりがいまでない職場に人が残るはずがない。ケア現場の離職率の高さや不適切なケアは私達社会全体が作り出している。その点でいくら消費税など財源面でなんとか制度を維持させてとしても、人材不足により現場から制度崩壊する可能性は否定できない。

 本インタビューでは排泄介助という一点において、その尊厳を保とうとされたご主人に長く生きてこられた人としての尊厳を感じた。と同時に、尊厳を踏みにじるようなケアをせざるをえない、いくつかの現場を作り出している社会の現状に胸の痛みを感じていた。



(おわり)

プロフィール
齋藤 明美(さいとう あけみ)
NPOグレースケア勤務。
介護福祉士。通信教育で学び資格取得。介護保険開始以前より介護職に従事。夜間巡回やデイケアなども経験しつつも主に訪問介護を中心に活動。現在は三鷹市のNPOグレースケア( http://g-care.org/ )にて活動している。


ケア現場の質を高め、ケア関係職の地位待遇を向上するためには、現場で起きていることを社会に発信するソーシャルアクションや高齢者のアドボカシー(代弁)が欠かせません。「ケアの現場から」では、あなたの身近に起こったケア現場でのエピソードや想いを、本間清文氏がインタビュー形式で聞かせていただきます。ご希望の方はこちらからお問い合わせください。

※2011年10月21日取材

  • ソーシャルブックマークに登録する
  • はてなブックマークに登録



監修者関連リンク