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インタビュー 「ケアの現場から」
ソーシャルケア研究所・本間清文さんの監修で、ケアの現場のさまざまな職種の声を届けていきます。

第7回 「オムツ交換をして臭いと思ったら辞めようと思ったんですよ」

齋藤明美さん(自費ヘルパー・訪問介護) 前編
2011年11月10日
第7回となる今回と次回は、NPOグレースケアにて勤務されている齋藤明美さんのインタビューです。聞き手は、この連載で監修者としてご協力いただく、ソーシャルケア研究所の本間清文さんにお願いしました。
※個人情報保護のため、一部、フィクションを加えています

「あ、これやっぱり私に合ってるんだ。」

本間:ケアの仕事に関わられるきっかけは?

齋藤明美さん
齋藤:子どもがたまたま小学校の時に、今で言う特別支援学級のような障害児童のいるクラスがあって、そこで、ボランティアをさせていただいたんです。自宅で留守番ができないお子さんもいらっしゃるので、その子たちを保護者会の間だけ見て欲しいと言われまして。それで、「私でよかったらやりたい」というところからケアに関わり出しましたね。

本間:どんな感じだったのですか?

齋藤:例えば、ある一人の喋れない子がいました。手話ができるわけでもない。そこで、子どもって、ご飯を一緒に食べる時に、相手が喋れないからって、特に大げさに構えない。それどころか、ごく普通に接する。「パンはココにあるからね」って教えてあげて。側で障害のある子を見守りながら、サラリと「じゃ、一緒に食べよう」って食事を摂ってたんです。決して「食べさせてあげる」っていうような援助-被援助っていうような関係じゃなくって。

 また、校庭で子ども達みんなで遊んでる時も、障害のある子はトイレの失敗をしたり、いろんな失敗をしてしまう。でも、それをクラスの子が嫌ったりするようなことがなかった。みんなで、そういう関係を楽しんでいるような感じでした。そういうことが多々あり、とても素晴らしいなあと感じていましたね。

本間:それまでは身構えそうになる、自分が居たということでしょうか。

齋藤:そうですね。大人になって、身構える自分が居たというんですか。

本間:大人はなんで身構えるんですかね。私もそうですけど。

齋藤:やっぱり、「普通じゃない」って考えてしまうと…一緒にやろうっていう気持ちじゃなくて「やってあげよう」っていう気持ちになるのかなって気がしますね。

本間:子供ってその点、「何とかしなくちゃいけない」っていう感覚もないですからね。でも大人になると、ある程度、自分は強い存在だっていう自覚から責任を感じちゃうのかな。

齋藤:そこで、わが子も含め、子供たちの素晴らしい面を見る中で、そういうお子さんのお世話ができるようになったらいいな、って考えるようになりました。その後、パートで有料老人ホームの厨房スタッフとして日中だけお仕事をするようになりました。当時は厨房スタッフなので直接ケアに関わらず糖尿食とか、ミキサー食などを作る日々でした。

 そこで3年ほど働いた頃、ちょうど、NHK学園で介護福祉士の受講が始まりました。そこで友人が受講していたので考えを相談すると、「年齢的、体力的に考えて児童のケアはきついと思う。それよりも高齢者のそういう資格を取ってみたら?」って言われたんです。それならば、2年勉強して、試験に受かれば、国家資格も取れるって聞いたものですから。それで通信で勉強を始めたのがきっかけですね。そして厨房パートとして勤めながら、介護福祉士の勉強もして意外とトントン拍子に落ちる事もなく取れたんです。

本間:介護という仕事に就くにあたり迷いはまったくなかったんですか?

齋藤:あまり無かったですね。強いていえば介護の実習かな。2年間の学習期間に2週間の施設実習があるんですね。そこで普通の生活上の支援は、自分自身が子育てもしてるからできるとは思っていました。ただ、一番怖かったのはオムツ交換。

 他人のオムツを見て、自分は、どういう反応をするかっていうね、それが分からなかったので。そこで、臭いとか、汚いとか思ったら、辞めようと思っていたんです。でも、実際にやってみると意外と、スムーズになんとも思わずできた。「あ、これやっぱり私に合ってるんだ。」って、迷いが吹っ切れたような気がします。

 ※特別支援学級:小・中学校に設置されている障害の状況や特性などに応じた教育がおこなえる学級。

介護している方(家族)の顔色・様子を見る事にしているんです

本間:ケアという仕事に入られるようになってから今までで、どのくらいになりますか。

齋藤:14、5年です。

本間:ということは介護保険が始まる前からですね。

齋藤:ちょうど介護保険が始まる一年前から、介護の仕事も本格的にするようになりました。

本間:これまでの中で、一番思い出に残ってるケアってどんなケアでしたか。

齋藤:介護保険の前からヘルパーとして関わらせていただいた老夫婦へのケアですかね。

本間:どんなケアだったのしょう?

齋藤:90才くらいのご主人が、85、6才の奥様を世話しておられる老々世帯への支援でした。私が関わるようになった時点で、奥様は既に10年来の寝たきり状態。脳梗塞が原因だったそうです。一方、ご主人は90才ではありましたが、非常にマメな介護をされていて「今日おしっこが何ミリ出た」など全部記録に残しておられ、そんな記録が部屋に積み重なっていました。食事も寝たきりの奥様のためにミキサー食を作らなければならなかったんですが、それにも非常に凝って、あれこれと自分なりに研究もされていました。

本間:どんな研究ですか?

齋藤:例えば、かまぼこって普通に食べると塩気はあまり感じませんが、ミキサー食にするととても塩の味が強くなるんですね。それについてご主人があれこれミキサー食を試作して私に食べさせてくれるんです。「こっちは普通にミキサーしたもの。こっちは普通のミキサーにお芋を加えたもの。食べ比べてごらん。」っていうように。

本間:え?普通のかまぼこのミキサーでなく、そこに芋を混ぜるんですか?

齋藤:そう。じゃがいもとかサトイモを入れてのばすんです。

本間:色々なものを混ぜる?

齋藤:いろんなモノをミックスして試しては味見をして「今回の作品はしょっぱいから、○○を入れるときっと旨くなるぞ」というような研究家のようでしたね。私は味見の実験台のような役(笑)。
 当時は介護保険が始まる前で、今のように制度による締め付けも厳しくなく長時間、利用者の家に居ることもありました。そこで、夫婦と私とはそんなふうにゆったり付き合っていたんですね。
 
本間:寝たきり状態だった奥様との関係はどんな感じだったのですか?

齋藤:脳梗塞の後遺症のせいか失語があり言葉が出なかったんですけど、感情はしっかり残っておられました。体の半身は麻痺していて、(病気のせいか)感情の起伏も激しいところがありました。ごはんを食べたくないと、バーンって片手で振り払っちゃうくらい。私も最初、用意した食事をひっくり返されたんですけど、ご主人からそのうち「齋藤さん上手になんなきゃと駄目だよ」とアドバイスを受けまして、そのうち、お盆をひっくり返されそうになると「ピュッ!」て私もお盆を引っ込めるようになった(笑)。すると奥さん、「クッ。やったな!」と。そこで、二人で「キャハハハ」って笑えるようになっていきました。

 一方、ご主人はご主人で責任感が強い方で私がいるときでも体を休めようとせず、始終、奥さんのことを気にしておられました。夜間にケアに入った時もなかなか休んでくださらなかったので「何のために訪問しているのかわからないから寝てください」って言うとようやく寝てくださる。でも、私もついウトウトーってなってしまうこともありました。それを見た奥さんが「ウワァー!」って大声で私をびっくりさせるんですよ。だから、私も「ワァッ」てやり返したりして(笑)。またそこで笑って。

 そんなこんなで関わらせていただいているうちに、ご主人からこれまでの御夫婦の夫婦関係の事など身の上話も聞かせていただけるようになりました。普通、他人には話さないような心模様まで話していただける関係になっていきました。

 それから時が経ち、奥さんの健康状態も少しずつ落ちていって、ご主人も「僕自身がもう疲れてきたから」って言うことでショートステイの利用が始まり、やがて奥様はろうそくの火が、フッと消えるように穏やかに逝かれました。

 私はその2時間前までケアに入れさせていただきました。「今日、私、夕方5時で仕事は終わりです。そろそろ時間なので失礼していいですか?」って言うと、「ああ、齋藤さん、お疲れ様」ってご主人に見送られました。その夜、息子さんから22時頃、電話があり「あれから2時間後に、息を引き取りました。これまでありがとうね。」って言ってくださったんです。その時は隣家に住む息子さんや他区に住む娘さんも含め家族の皆様に見守られながら家で亡くなられました。悲しいっていうよりも「良かったな」「すごく幸せな亡くなり方だったんじゃないかな」って思いましたね。

本間:どんな点が特に印象に残ってるんですか?

齋藤:長い関わりの中で少しずつ関係が出来てきて、ご主人から、決して他人には明かさないようなプライベートな話を聞かせてもらえたり、人としての迷いなど心情を吐露されるようになりました。少しはご主人の介護の力になれたのかなって思えたんです。在宅の介護では、介護している方を支えたいという気持ちがあるので、私は訪問して、まずご本人もそうなのですが、それ以上に介護している方(家族)の顔色・様子を見る事にしているんです。

本間:90才の男性が心情を吐露できる相手というのはなかなか、いませんものね。

齋藤:その後、私はその職場を辞め、しばらく経ちました。すると、ある日、息子さんから電話がかかってきたんです。「齋藤さん、悪いんだけど、ちょっと話があるんだけど会えないか? 実を言うと、親父がガンであと3ヶ月だ」って。

(つづく)


プロフィール
齋藤 明美(さいとう あけみ)
NPOグレースケア勤務。
介護福祉士。通信教育で学び資格取得。介護保険開始以前より介護職に従事。夜間巡回やデイケアなども経験しつつも主に訪問介護を中心に活動。現在は三鷹市のNPOグレースケア( http://g-care.org/ )にて活動している。


ケア現場の質を高め、ケア関係職の地位待遇を向上するためには、現場で起きていることを社会に発信するソーシャルアクションや高齢者のアドボカシー(代弁)が欠かせません。「ケアの現場から」では、あなたの身近に起こったケア現場でのエピソードや想いを、本間清文氏がインタビュー形式で聞かせていただきます。ご希望の方はこちらからお問い合わせください。

※2011年10月21日取材

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