介護予防と自治体の課題

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1.制度の持続可能性の意味

 平成17年6月の介護保険法改正によって、新介護予防給付が制度化された。それは、平成17年度約7兆円となった介護給付の縮減により、制度の持続可能性を目指したものでもある。

 特に平成12年から介護保険料は改定のたびにあがり、平成18年から平成20年までの第3期介護保険事業計画では全国平均で4,090円となり、第2期の3,293円に対して24%の上昇が見込まれている。今回の改定は、介護予防の制度化により、少しでも介護の必要な状況を作らないように給付の縮減を見込んでもなおアップとなった。当初の予測では4,300円程度になると見込まれていたので、第3期における予防効果は210円の保険料縮減となる。

介護保険給付費の推移と保険料(1号)の当初見込み

 介護保険の給付と負担の関係は、極めて単純で給付が大きければ保険料は高く、給付が小さければ保険料が少ない。給付額は、居宅に比べ施設が大きいことから、施設を利用する人が多ければ保険料は高く、少なければ保険料は低いとも言える。予防の効果とあわせて、この毎月の保険料が210円少ない方が良いのか、高くても従来のような給付が良いのかを引き続き議論していくことが重要である。

 今回の改正で盛り込まれた内容は、介護給付に介護予防の4文字が加えられただけの新介護予防給付がその内容であり、現実的には介護予防通所介護で、運動機能向上加算、栄養改善加算、口腔機能向上加算、アクティビティ実施加算等が制度化されただけと言っても良い。さらに、訪問介護は本人が自力で家事等を行うことが出来ない場合、家族や地域による支え合いや他の家事等を行うことが困難であって、家族や地域による支え合いや他の福祉施策などの代替サービスが利用できない場合などであって、これがどうやって介護予防に結びつくのかは容易に理解ができない。もちろん評価は、3年後の見直しとなるが現場の感覚からは、これが介護予防と言われても戸惑いを感じる。

 もう一つ制度改正で、重要な問題は改正の主体が国によって進められたことである。介護保険制度の運用は、財政的には国、都道府県、市町村が応分の負担をし、市町村が保険者となる制度であり、実務のほとんどが市町村に課せられている制度である。しかし、今回の改正においては、制度の主体である被保険者及び保険者の声が反映した制度改正とはならなかった。報酬の決定は勿論のこと、指定基準についても相変らず、細かな実務に至るまで厚生労働省が整備する形で進められた。

 しかも厚生労働省の指定基準等の整備が遅れに遅れ、多くがみなし指定になったとは言え、どの事業者が何の加算を実施するか意思表示出来ないため、介護予防プランを作れないと言う状況であり、4月分のプランを担うこととなるケアマネジャーからは怒りや嘆きの声があがっている。また、今後介護予防の給付管理を行う地域包括支援センターからも実務的な対応の遅さを指摘されおり、この後4月、5月の介護予防支援の給付管理を含めた請求手続きの混乱が予想される。

 しかしながら、今回組み込まれた介護予防が本当に実現するのなら、市民にとっても自治体にとっても、国にとっても喜ばしいことである。問題はどのようにして介護の予防に取組み実現できるかという事であるが、具体的な施策レベルでのエビデンスは希薄である。そのような状況であるだけに、自治体では今回の制度改正の説明として「給付の縮減」が目標では、市民の理解が得られない。さりとて、出来る能力を他に依存していたから重度化するという廃用症候群や生活不活発病という言葉を安易に使う環境は自治体にはない。市民は、今回の制度改正の中から生まれたそれらの言葉のいずれも給付の縮減の理由付けにすぎないことを理解しているからである。

2.介護予防の実務

 介護の必要が無いように予防する意味の介護予防という言葉は非常に魅力的で、一人一人が求めるいつまでも元気で自立した生活を継続したいという願いと一致する。さらに、万が一、介護が必要な状況になっても重度化を妨げる事は必要であり、出来得るならば、介護の必要な状況から脱することを実現したいという思いとも重なる。

 しかし、現実にそれをどう具体化するのかについては、介護の予防が可能かという原理的な命題を含めて、大変難しい課題である。そもそも介護予防が自治体施策として成り立つのかという問題がクリアできていない。

 例えば、食事が摂れない人に食事を摂れるように支援をすることが介護であり、排泄が出来ない人に排泄の介助を行い、それによって生活の維持を行うことが介護である。その場合、食事がとれない理由は様々である。嚥下(飲み下し)機能が劣っているのか、咀嚼機能が劣っているのか、食べ物としての認識がないのか、はたまた、座位が保てないのか、食べ物を口に運ぶことができないのか。食事が摂れない原因は様々である。

 排泄や入浴なども同様である。その多様化した要因の中で、何を改善点として介護予防事業を実施するのかが問題となる。原因の抽出と効果的な事業やサービスの特定がきわめて難しいのである。

 現場での対応は、ほとんどの場合、複合的な介護要因に対して最も効果的な対応を選択することとなる。その支援方法についても介護保険制度内外のサービスを駆使してプランを組み立てる。多くの場合1対1の単純な因果関係にはない。とすると、嚥下や座位の確保などの要因を一つ改善しても、総合的な改善がはかれなければ依然介護の必要性は残ることとなる。したがって、複雑に絡み合った要因を整理し、それぞれにあった介護の必要性を改善していかなければ介護予防として成立しない。この部分を自治体が責任主体となる地域包括支援センターが担い、それぞれの事例に対応した木目細かな施策を実施することを期待されているのであるが、この実務は非常に難しい課題である。しかし、この地域ケアとしての介護予防は本来自治体が果たすべき責務があり、対応をはかるべき理由がある。その意味で、自治体に責任を持たせたのは正しい方向性ではあるが、厚生労働省が、微に入り、細に入り事務手続きにまで指導するのは適当ではない。厚生労働省は大枠を決めて、市町村の自主性にまかせる。それにより自治体の取組みは2極化が進むであろう。しかし、それは市民が自治体レベルで政治的選択行うという緊張した関係の中で評価されていくものである。そのプロセスに国が関与する余地はない。保険者である自治体は、今一度地方分権の意味を噛み締め、自治体としての介護予防政策を構想すべきである。

介護給付・介護予防給付・地域圏域サービス 介護給付・介護予防給付・地域圏域サービスの図

3.創設された地域支援事業

 今回の改正によって組み込まれた地域支援事業については、課題は多い。介護給付の3%(H18年2%、H19年2.3%、H20年3%)を上限とし額が規定され、介護予防事業、包括的支援事業、任意事業の3事業枠を創設した。介護保険財源を入れるこの制度は、三位一体改革の影響を受け作られた制度と言っていい。したがって、理論的にもかなり無理をした作りとなっている。その象徴は、3%の枠組みである。地域支援事業が介護予防事として本当に効果があるのなら3%という枠を設定する必要はない。そもそもなぜ3%かは、三位一体改革によってなくなった在宅事業費補助金との関係があった。さらに、地域支援事業は自治体独自政策の形をとっているが、介護保険財源を組み込むことによって、予算立てでは款項目の設定から厚生労働省主導で大きな制約が設けられた。制度の効果と実務の矛盾により混乱を招いており、3年後の介護予防評価を待たずに早期の見直しを必要とする。特に、自治体では様々な政策を実施するに組織や人を整備し、対応してきたが、65歳以下の老人保健制度を担ってきた保健師等の役割が介護予防事業として組み込まれることによって、大きな変更を余儀なくされた。

 特に地域支援事業の介護予防事業については、これまで老人保健事業の枠組みで実施されてきたものに等しく、そこでは、介護の最も高い要因が脳血管疾患であり、それを防ぐには生活習慣病の予防の視点から情報の提供、地域での指導などに力を入れてきた経緯がある。そうした介護の不安要因を改善してきたのが地区担当の保健師であった。最も大きな介護要因である脳血管疾患に対して、生活習慣病予防の観点から活動を行ってきたという実績を、各自治体では差があるとは言え、改正では65歳以上の老人保健事業を介護予防事業の地域支援事業に組み込んだ。事実上65歳以上の老人保健事業の終焉である。この後老人保健事業自体が消滅する日は近いが、現場にある課題は一体どこで解消するのだろうか。また、老人保健事業として行う特別に不安要因の高い高齢者のスクリーニングは、対象者をあぶりだして、一体何をしようというのか?健康教育や機能回復訓練、緊急通報システム貸与や毎日型配食サービスは面倒な手続きを経なくても手に入った事業である。しかも、現段階で報告されている優れた介護予防の事業は、実は老人保健事業における訪問指導や機能回復訓練などの活動なのである。

 今回の改正は、地域密着サービスや地域包括支援センター、地域支援事業などが組み込まれ、いかにも地方分権を意識したようではあるが、厚生労働省主導の政策に地方分権の本質はない。日常的な生活圏域は、まさに地域福祉コミュニティそのものである。それを、機械的に人口2万人から3万人と割り当てて、地域包括支援センターを整備するのは逆に地域不在といわれても仕方の無いことである。地域福祉コミュニティは日頃からの地域での人と人とのふれあいを基本としている関係から、介護予防については地域から範囲や機能を積み上げるべきであって、一律に設定するなど本末転倒である。押しつけではない共創の考えるべきである。

4.地域包括支援センター

 地域支援事業の包括的支援事業に位置づくのが、在宅介護支援センターをリストラクチャリングした地域包括支援センターである。地域包括支援センターの業務は、総合相談支援、権利擁護・虐待防止、困難・継続ケースにかかるケアマネ支援、介護予防マネジメントとなる。目的は、地域に住む高齢者等が安心して暮らせることである。しかし、それにも素朴な疑問がつきまとう。

 これまで新ゴールドプラン以降、中学校区に一ヶ所全国10000ヶ所を目標に、地域の総合的な支援を目指した在宅介護支援センターが約8000ヶ所まで数を増やしたが、機能が十分果たせなかったという理由で縮小され、新たに介護予防マネジメントを組み込み、さらに3職種の必置により実施するとした。しかし、在宅介護支援センターでできなかったことが、何故包括支援センターができるのかということである。

地域包括支援センター(地域包括ケアシステム)のイメージ

 これまで地域ケアが実現できなかったのは、職種の問題でも制度の問題でもない。市町村の地域ケア構築にかかる姿勢以外の何物でもない。そのため、大きな自治体間格差が生じ、三位一体改革による補助金の廃止へつながった。この地域包括支援センターも自治体の地域ケアの姿勢にかかる構造であるため、積極的な姿勢をもって整備する自治体と、そうではない自治体で、早くもスタートの段階から大きな差が生じている。全国在宅介護支援センター 協議会が2月26日に調査したところ、2006年中に設置予定数は、3136箇所。そのうち直営は、1179箇所、在宅介護支援センター への委託は、1634箇所(約52%)となった。同じ人口規模の自治体でも、直営のセンターを1ヶ所しか整備しない自治体やこれまでの在宅介護支援センターの委託を見直して数を縮小する自治体と、これまでの在宅介護支援センターにおいて築いてきた地域ネットワークをさらに発展させ、さらに拡充する自治体では、この後さらに大きな差となるであろう。

 地域には認知症や精神的な疾患のある一人暮らしや老々夫婦世帯、身体的・精神的な衰えがあり、なおかつ経済的な問題を抱えている高齢者世帯、虐待の恐れのある年金無心の親子、医療依存度が高い要介護者など、様々なパターンで生活している家族や兄弟の支援を期待できない人の支援を誰がどのように行うのか大きな課題がある。

 最終的に地域ケアの責任主体である自治体が負うべき責任は重い。そのため地域できめの細かい体制の整備は必至となる。地域ケアの構築が、まさに今自治体に問われている問題なのである。

5.社会保障の枠組みと地域ケア

 このように、今回の制度改正には市民が安心して介護生活を送れるための改正という課題があったにもかかわらず、制度の持続可能性という名の給付の縮減が主眼であった。しかも、この財政問題で、最も苦しかったのは、実は25%を負担しなければならない国であったはずだ。第2期保険料では保険者の9割は3000円台にあり、厚生労働省の試算でも第3期は4000円台の保険料に止まる予定であった。

 さらに、給付と負担の相関関係は保険の原理の基本である。給付が大きければ、負担たる保険料は大きく、給付が少なければ保険料も少ないという当たり前の構図になるのであって、保険料だけを取り出して安いとか高いとかを論ずるのは正しい方法ではない。

 特に、今回の改正は、利用者及びケアマネや事業者など、現場の人々からは大きな不信を買っている。それは、これまでの給付が縮減され介護予防という名のエビデンスが不明な制度が組み込まれ、厚生労働省は丁寧な説明も無く、政省令を次から次へと出していった。その過程でも、地域包括支援センターから介護予防マネジメントの介護支援専門員への委託は、一人8件になったことや、市町村の計画がほぼ固まった3月に、高齢者住宅が特定施設に組み込まれるなど、さらに不信の上塗りをした。

 自治体現場では、当初から市民と協議し自治体レベルで構想し、現場で仕組みが動くように入念な準備を進めてきたにもかかわらず、何度も構想の組みなおしを迫られた。

 このようなことから、介護保険制度はどこが責任を持つべき制度なのか、今一度議論する必要がある。加えて少子高齢化によって、労働者人口の減少による経済の縮小など、財源が減ることに対して、社会保障制度は大きな課題を抱えている。介護保険を含めた社会保障の枠組みを国が責任を持った制度として作るべきか、市町村の地域ケアシステムに組み込むべきか、人が人として安心して生きられる制度を構築するために何をすべきなのか、基本に立ち返って議論する必要がある。

 本論文はガバナンス(ぎょうせい刊)5月号に掲載されています。

(参考文献)
1.拙編著 「介護予防のそこが知りたい」ぎょうせい刊
2.拙著 「介護保険見直しの課題」地方財務2004年7月号所収 ぎょうせい刊

鏡 諭(かがみ さとし) 

鏡 諭(かがみ さとし)

所沢市保健福祉部高齢者支援課 課長

【経歴】

  • 1954年山形県生まれ
  • 1977年所沢市役所入庁
  • 1977総務部庶務課、1994高齢者福祉課、1999介護福祉課
  • 2000高齢者いきがい課 2006高齢者支援課現職

【主な著作・論文】

≪単著≫
『自治体現場から見た介護保険』 東京法規出版刊2001年発行

≪代表編集≫
『わかりやすい介護保険法の手引』 介護保険法令研究会編 新日本法規出版刊 2002年発行

≪編著≫
『介護保険なんでも質問室』きょうせい刊 2002年発行
『介護予防のそこが知りたい』ぎょうせい刊 2005年発行

≪共著≫
『高齢者の権利擁護』 高齢者福祉・権利擁護研究会編 第一法規出版刊 2001年発行
『高齢者介護手続マニュアル』 高齢者介護手続研究会編 2000年発行
『コミュニティ行政の再出発』「自治体の先端行政」 松下圭一編学陽書房刊所収 1986年発行

ほか多数